カワイイ沖縄 レンタカー
よく知られているように戦後、工業都市がたくさんできて、工業の急激な発展に伴っていろいろな公害物質が出て、それが空気を悪くしたり水を汚染したりして、健康にも悪影響が出た。
被害が出てはじめて、何とかしなくてはいけないという話になった。
最近では、たしかにすぐに重大な健康障害が起こるような公害は減った。
しかし、依然として都市の空気はN仏などが非常に多いとか、光化学スモッグが出るから何とかしなければというように、すべて何か問題が起こってから対策を打つ形になっている。
しかし、今後はもう少し考え方を変えて、私たちが生活していく環境は、本当はどのようなものが望ましいのか、その環境をつくることを優先的な目標として掲げていくべきではないかと思う。
そして、「こういういい生活環境をつくりたい。
同時にそこで仕事をして生きていかなければいけない。
では、どうやって稼いでいくかーというように考えていく必要があると思うのである。
稼ぎの手段のほうが先にきて、あとから生活のことを考えるという順番ではないということをしっかり押さえておく必要があると思う。
これからの都市の生活を考えたときに、全体として都市のシステムをつくっていくということが非常に大事だと思う。
そこで、さまざまな生活空間をつくるにあたって、狭い意味のハードだけではなく、もう少しソフト面、つまりその社会が全体としてどのように有機的に結びついているかというシステムをうまくつくりあげていく必要があると思う。
その点は戦後、都市が急激に発展したときには、かなりいい加減に行われたという感じがする。
私自身の経験から一例をあげれば、生活共同体としての都市をつくるにあたって、住宅都市のつくり方が非常にまずかったことがあげられる。
現在、私が住んでいるのは東京の郊外で、ある程度広い郊外住宅地を大手ディベロッパーが開発して販売したものである。
そしてその中は一応便利にできていて、自然環境もそう悪くない。
しかし、一番困るのは、実はそれを買ったのが皆、同じくらいの年代の人ばかりだったということである。
私がそこに移り住んだ、いまから二十年ぐらい前は、どこの家庭でも子どもがたくさんいて非常に賑やかで元気でよかった。
ところが二十年経ったら、子どもたちが皆大きくなってよそへ行ってしまった。
そこでは環境の維持のために、二世帯住宅のようなたて込んだものをつくることは禁止されていたので、子どもたちが外へ出て行ってしまったのである。
するといまやお年寄りばかりになって、いつもまるで火が消えたように、寂しくなってしまったのだ。
近くにあったスーパーもお客さんがいなくなってしまって、店を閉めている。
これも、都市の設計を間違った結果だと思う。
やはり人々の生活の場は、いろいろな年代の人がいて成り立つのであり、その時々に「家が必要な人のために住宅をつくって、そこに住まわせておけばいい」という発想だけで都市開発を行うと、このようなおかしなことにもなってしまうのである。
ここで、「生活の場」と述べたが、実は都市は、単なる生活の場ではなく、やはり一種の生活共同体というべきものだと思う。
人々は単に個人として生きているわけではない。
いろいろな意味で共同体に属するものとして、多くのグループに属しながら生活しているのである。
日本は戦後、企業一家といわれるように企業意識が非常に強くなって、人々が企業というものと一体化する傾向が強い。
つまり、企業なり、仕事の場の共同体だけに埋没している傾向が強いのである。
これはあまり健全な姿とはいえない。
といってまったくばらばらな個人になればいいというものでもない。
そこで、もう少し共同体というものを、いろいろなレベルで再建する必要があると思う。
日本では昔は「村」が一つの共同体だった。
日本の農村では、特に水田農業の場合は、田植えや刈取りなどを皆が一斉に行わなければならない。
自分の家だけが人と違う時期に田植えをしたいなどといっても無理である。
したがって、村全体が一斉に仕事をし、「村」がひとかたまりでやっていくという状況だった。
これでは何もかも人に知られてしまって窮屈で困るというわけで、近代的な人から嫌われる。
しかし、人間は決して孤独の中で生きることはできず、何らかの意味で集団に帰属する必要がある。
その一つに企業があるのだが、企業だけにべったりというのもやはり不健全である。
日本で欠けているのは、昔の「村」ではない地域共同体というものだと思う。
昔から世界中の街においては、都市がそういった一種の地域共同体であり、人々の帰属するアイデンティティーをもたらす場だった。
近代になると多くの場合、国家が共同体に代わってアイデンティティーの中心になって、お前は何人だというと、まず日本人だと答えろ、というようなことを世界の中で強制的に行われたところがある。
もちろん、国が一つの共同体であることを、否定する必要はない。
しかし都市も、ある場合には国家よりはるかに歴史の長い共同体でもある。
例えばローマがある。
ローマ帝国という国家は滅びてしまっても、ローマという街はずっと生き延びている。
また、ある時期にはローマ法王庁のもとにあったが、その法王庁の力がなくなっても、ローマという都市は生き続けている。
つまり、帝国や法王庁の栄枯盛衰とは関係なく、さらにいえば、ある場合にはローマ帝国の繁栄にのっかり、法王庁のお膝下であることを利用しながら、ローマはローマという街として長い歴史を持って生きてきているのである。
日本でも同様なことがいえる。
例えば博多の街は、鎌倉時代ぐらいからある。
少なくとも安土桃山時代ぐらいからは、そこに一つの社会的な存在としての街があって、それだけの個性があり、雰囲気があり、いわば一つの実体として存在し続けてきた。
これは世の中が変わっても、つまり秀吉が徳川幕府にとって代わられでも、徳川氏が滅んで明治になっても、あるいは明治のあとに一転して国の状況が大きく変わって民主主義になっても、博多、福岡という街としての存在は続いている。
ただ、日本の歴史のある時期においては、このような街としての存在が非常に希薄になった傾向もある。
先述のベッドタウンなどというのは、たしかに個性が希薄である。
例えば、公団の団地。
かすみれ団地。
などと名前だけはきれいにつけたりするが、あとはかB地区75号の503号。
などと非常に殺風景な名前をつけて良しとしている。
このように、名前もそして形も無味乾燥な機械的な住宅を集めたところで、街としての個性を持つことはあり得ないと思う。
本当の都市というものは、ただの空間ではなく、歴史的に形成された一種の生活共同体であるべきである。
何も国家を無視する必要はないが、都市は、これまでもある意味では国家という枠組みを超えても存在してきたし、これからも存在し続けるべきものではないかと私は思っている。
そこで二十一世紀に向かって、「生活の場」としての都市をどのように作っていくかということが最も重要な問題になる。
その場合、重要な課題として「環境」と「安全」と「文化」いうことが挙げられると思う。
まず、環境問題。
これにはいろいろなレベルがあるが、いずれも都市と密接な関係がある。
第一にいわゆる都市の衛生問題。
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